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ファン

ついこの前が正月だったのに、もう2月である。
これじゃあまたすぐに年賀状の準備になりそうだ…。


さて今回は何を書こうか?といろいろ考えた。
書きたい事はあるものの、どう纏めようか?と。
(独り言or言葉に関してのカテゴリなど)

まぁいつも通りに書きながら纏めていこう。
・・・・・たぶん無理だと思うが。

今日の話題は「ファン」について。


あと特別な理由が無い場合は文字色の変更はしない。
読み直しながらタグを登録するのは本当に面倒くさい。
できるなら書き始めた頃の自分に「やめておけ」と言いたい。




いろいろと漠然としたモヤモヤがここ暫く渦巻いている。
目にしたいろいろな人の情報、コメント、意見など。
もう少しで何かの形になりそうなのに、ならない。
この状態が続いていて気持ちが悪いが文字にならない。
さて…何から書こうか?


我が家に於いて出る話題はいろいろとある。
ニュースに始まり、陰謀論、音楽や楽器、ゲームなど。
だがやはり平沢進に関してが圧倒的に多い。

双方がファンであるのだから当然なのだが、
何より考え方、世界観、ニュース、楽器、
どの分野とも繋がり易いからかもしれない。


以前に書いた平沢進の項目を読んでいる人は判るだろうが、
音楽性以外の部分にも大いに興味を持っている。

蛇足だが花郎が陰謀論を調べはじめたのは、
残念ながら平沢進の影響からでは無い。
むしろ後で知って驚いたくらいだ。
まあ…知った結果、更に興味を持ったのも事実だが。

だが狂信・妄信的な熱狂的ファン…なつもりは無い。
「熱狂的」であるのは認めるが。
けれど氏の言う事を鵜呑みに信じ、考えない…
こうはならない様にしている。

「ファンなのに信じないのか?」と問われれば、
まことに申し訳ないが、その通りであると答える。
けれど氏が望むファンとは狂信者では無いと思っている故に、
自身でも考え、調べ、出来るだけ多くの視野を持ちたいのだ。

勿論、平沢進はミュージシャンであり音楽の表現者なのだから、
音楽だけが好きなのであれば音楽だけのファンであればいいだろうし、
また発言などが好きなのであれば公式サイトを読めば良い。
何かを好きになる部分や方法はそれぞれなのだから。

そしてファンをやめるのもまた自由なのである。

花郎がファンになってまだ日も浅いのだが、
2002年頃に公式BBSが荒れたことがあったらしい。
当時を知らないのでいろいろと調べてみたが、
どうやら掲示板で氏は陰謀論の話をし、
また一部のファンはそれに対して抗議をし、
更に別のファンは氏を擁護して更に荒れる…
この様な流れとなってしまったらしい。

結局、このBBSは閉鎖で終幕したそうだ。
以下にその最後に書かれた氏のコメントを貼る。

----------*----------*----------*----------*----------

消費者本位の工業製品をお望みなら、そもそも
商品選びを間違えている悲劇の消費者がここで迷子になっている。
彼らはいち早くそのことに気づき、無駄な出費を止め、
憎悪による有害物質によって自らの身体を傷つけることから
開放されるべきだ。

素晴らしい音楽?
「お客様の声代表団」は今、彼らのいう"素晴らしい音楽"がどのようにして
出来あがっているかを垣間見て困惑しきっている。
そして、素晴らしい音楽と、消費者本位の工業製品が必ずしも一致しない
ことを知るのに時間をかけすぎている。
垣間見た現実を受け入れるか、拒絶して立ち去るかは彼ら次第だというのに。
しかし、留まるにあたってはこの際知っておくべき事がある。
私の音楽はそれほど安全なことばかりを歌っているわけでは無い、ということ。

「お客様の声代表団」は、音楽を彼らのCDプレーヤーの中に閉じ込め、所有できたと
思っただろうか?音楽はリスナーを取り巻く環境とリスナーとの間に産まれ、
機能して行くことを知るのに時間をかけ過ぎている。音楽や音楽家を滅ぼして
来たのは、「音楽は消費者の恣意的な感情だけに奉仕すべきだ」と主張する
リスナーと、「ごもっともです」と迎合し、「何も言わない音楽」で大量消費を
煽動する音楽商人たちだった。彼らは、その"量"においてキミたちの圧倒的
な教師であったろう。いわく、「ファンの減少はアーティストの命取り」。
「ポプリ」というアルバムによって、多くのファンを失いながら生き延びた
アーティストをご存知か?彼は、音楽と自らを滅ぼさないためにそうした。

分かりやすさがお望みなら、一度だけ噛み砕いてさしあげよう。
私は「我々が楽しんでいるその日に、何千人もの人々が殺されている事
を、せめて知っていたいものだ」と言った。これは、私の言いたいことの
1%にも満たない。
さて、私は今、またしても「お客様の声代表団」を困惑させる現実を披露する。つまり、

平沢というアーティストが滅びるのはいつか?
それは、あの1%さえも口にしなくなった時である。

さあ、もうGREEN PAGEは終りだ。ここには"お客様が"望む
サービスなど何一つ無い。

----------*----------*----------*----------*----------

花郎としては非常に納得のできる文章だった。
解釈が合っているかどうかはともかく、
自分なりには大いに理解でき、また嬉しくもあった。

平沢進に対し「陰謀論発言をやめろ」と言うことは、
つまり音楽を創るな、と同義語であると感じた。

違う話に当て嵌めてみる。
仮に花郎が何か絵を描いたとして、その絵が大変よく売れたとする。
が、後にその絵のインスピレーションを殺人事件や、
またもっと不謹慎なニュースなどから得たものだとする。
この事実を知った絵のファンが花郎に対してこう言った。

「そんなものからインスピレーションを受けるのはやめて欲しい」

花郎がもしこの要求を呑むとすれば、即ち絵を捨てることになるだろう。
何故なら何のインスピレーションも受けないものを題材に、
絵を描こうとするのは不可能だからだ。

音楽や絵、また舞台脚本などの芸術は、
何かしらのインスピレーション抜きでは生まれない。
平沢進にとってのそれはタイであったり、SP-2だったり、
また何かの陰謀論であったり、科学であったりなのではないだろうか?
これらの題材全てを拒否、否定しながら音楽を求める…。
樹の幹を否定しながら枝になる実を欲しがっている様な気がする。
ならば樹の存在を頭から否定するのではなく、
見ずにただ実だけを求めることはできないのだろうか?

と言うか、何故そういった方向に動けないのか、
花郎としては疑問であり理解ができない部分だった。



そういえば最近になり少し理解できたかもしれないことがある。
氏のSP-2の存在に対する思い入れの深さ、またその理由についてだ。

この件についても一部ファンからは非難…とまでは言わないが、
「理解ができない」と声が上がっている。
実は我が家でも相当な回数、この件は議論していたものの、
明確な答えは全く出ずにいた。
ちなみに我が家では口論になるほど双方で意見は違っていた。


ここから少々脱線するが、この件についてもう少し書く。

我が家なりではあるがひとつの結論に至った内容について。
しかしこれはあくまでも花郎と相方の観点であり、
正しく合っているかなどは判り得ないことを念頭に置いて欲しい。

答えは全く予想していない方へ進み、そして落ち着いた。
考えてみれば相方の存在は花郎にとって本当に大きな助けだ。
お陰で多少難しいことであっても相談も口論もできる。

さていくつかキーとなった文章があるのだが、
全てを抜粋するのは無理なので簡単に箇条書で記す。

・平沢進著「SP-2」
・Phantom Note「超・乙女」あんどう蒼の着地点
・あんどう蒼のブログ
・この他での平沢進の発言など

ここら辺の内容、そこへ自分の感じている事や事実を足し、
更に組み立てていくとひとつの可能性が見つかった。

結論から書く。
平沢進がSP-2(あんどう蒼)達の中に、
アカシックレコードの存在を垣間見てるのではないか?
こう考えてから改めていろいろな文章を読んでみると、
以前よりもすんなりと読めてくるから不思議だ。
(特に「超・乙女」の件)


相当前の話になるが、あんどう蒼との食事の時に、
氏と「アカシックレコード」の話をしたと書かれていた。

アカシックレコードとは、失礼なくらいに端折って書くなら、
「この世界の全ての記録」である。
神智学などで在るとも無いとも言われる謎な存在だ。
だがもし在るとして、それを知る事ができたとするなら、
この世界の全てを知ることができるだろう。

では何故、アカシックコードとSP-2達の存在が繋がったか。

これは花郎自身が不思議に思っていたのだが、
何故SP-2やニューハーフは本物の女性より女性らしいのだろう?
例えば実在する女性をモデルに男性から女性になるのであれば、
実在する女性と同じ様にならなくてはおかしい。
つまり手本=本物の女性である筈なのだ。

けれど実際のSP-2は女性から見ても、
「もっと女性らしい」と思ったことはないだろうか?
花郎はライブを見てそう感じていた。
となれば彼女達(SP-2)が手本としているのは、
実際に身の回りにいる女性達では無い、ということになる。

ならば彼女達の理想とし、目指す女性像はどこからきたのか?
これがアカシックレコードへと繋がるのではないだろうか。
もっと言うのであれば、アカシックレコードは人の生命、
違う言い方をすればDNAにあるが、誰も引き出せない。
けれどSP-2は無意識にまた簡単にそれを引き出せている…。

誤解されない様に書くが、
これはあくまでも複数のレイヤーのひとつである。
例えば自分の母親という存在が立場によって、
女性・妻・母親の3つの役割(レイヤー)があるのと同じで、
ひとつの解釈をするための見方のひとつである。
なので彼女達の中に実際に「ある」と言っているのでも、
また平沢進がそう思っているということでもない。
近い感覚だと「あるとしたら?」という、
妄想や想像に近い感覚なのではないだろうか。

こんな発想ができたのであれば、
SP-2の存在を知ったことでアルバムが出来てしまう事や、
SFの棚に本を納めたことも頷けるのではないだろうか?
まあ残念なことに花郎は平沢進では無いので、
合っているのかいないのかは永遠に判り得ないが。


さて脱線した道を修正する。

そもそも何故、花郎がこんな事を書きたいと思ったのかを、
ここまで全く説明していないことに気付いた。

単純に言えば、ここ最近一部のファンが目に余った。
もっと乱暴に書くなら腹を立てていたからだ。
前回のライブでバカ騒ぎをしたリスナーの事ではない。
この方々の事はファンと思っていないので関係ない。

どうもファン=株主とでも思っているのか?と感じる。
ファンとはアーティストの在り方を決める立場なのだろうか?
またその方向性を指示できる程に偉いのだろうか?
別に崇拝しろ等とは全く思っていない。
けれど作品を多少なりでも好きなのであれば、
もう少し寛容になってもいいのではないか?
先程も書いた通り、どう好きでいようと自由なのだから、
隣のファンと同じ考え方・求め方で無くてもいいじゃないか。
ファンは軍隊では無いのだから。

これにも誤解されたくないので付け加えるが、
だからと言って氏が「黙ってついて来い」とは、
一言も言ってはいないので。

できる限り寛容になるべく、
どんな事で腹を立てたのかは書かないこととする。
言ってしまえばここまで書いたことが無意味になりかねない。
だが最低限でも、もし自分自身がアーティストだっとして、
「こんなファンはいらない」と思う姿にはなって欲しくない。
勿論、花郎自身も含めて。



いろいろと書いてみたものの、
花郎には平沢進ほどの根性と根気がないと思い知る。
氏ほど人に心を砕けないだけなのかもしれない。
まあ大して読んでいる人がいないのがせめてもの救いだが。

これからも花郎は平沢進の中を知る為に、
ネットや歌詞、文章へと模索、試行錯誤しつつ考え続ける。
世界とは違うレイヤーを探すために。



ここまで書き上げるのにざっと6時間。
恐ろしく長くなったが終わる。

*Comment

 

=追記=

本文に書こうと思って忘れたこと。

「ファン(fan)」の意味。
パソコン内部にあるファンも同じ綴りであるが、
「●●の大ファン」などの語源は、
「fanatic」=「狂信者」である。
(パソコンなどのは「fan」=「うちわ、扇ぐ」)

このfanaticの語源はラテン語で、
「fanatical」=「霊感を与えられた」

某板などでファンを「●●信者」と表現する人もいるが、
実際には正しいのかもしれない。
  • posted by 花郎 
  • URL 
  • 2011.02/08 22:43分 
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