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日傘と淑女

夢=8:現=2

(mixi過去記事より転載)


どんよりと薄暗く澱んだ空を眺めながら、
その空と同様に澱(よど)んだ空気を漂わせた会議室へ
俺は社長から呼び出されていた。

ニュースなどでよく聞く「リストラ」ってやつらしい。
そんなものは世間の大企業様の話であって、
しがない日傘を作る小さな会社では不似合いで何だか笑えた。


「会社も厳しいんだ…本当に済まないとは思うが…」


君はまだ若いからやり直せるだの、
他の社員ではもう再就職も困難だのと、
気の弱い社長なりの必死な弁解は続く。


(若いからって再就職が楽なわけないだろ…)


苦々しい気分を体から追い出すかの様に、
俺はため息をつきながら「判りました」と言う他無かった。
腹立たしいことに会社の経営が苦しい事も、
また自分以外の人間を辞めさせるのが難しい事も十分理解していた。
何せ俺の次に若い人は俺の「親父」と同い年なのだ。

了承の返事にホッとしたのか、
社長は幾分表情を和らげ俺に一本の日傘を差し出した。


「これは半年くらい前に君が企画した傘なんだが…」


よく見れば確かに自分がデザインしたものだった。
だがこれはコストが掛かり過ぎるからと没になった筈だ。


「一応サンプルだけは発注してたんだよ」


退職金も大して払えない事だし、
良かったら貰って欲しいと社長は言った。
真新しい竹の柄を手に取り、静かに傘を開いてみる。
素材はナイロンではなく、ボリュームを出す為にコットンを選び、
レースの柄は透かし模様の藤の花をあしらった。
色も優しい白になるよう、配慮もした。
最近の軽量化された傘に比べるれば重くなってしまうのが欠点だが。


「いいデザインだが、やはりコストがねぇ…」


心底、残念そうに社長が呟いた。
こんな物を貰ったところで生活の何の足しになると云うのだろうか?
どんなに考えたところで自分に使い道がある訳が無い。

けれどこの傘だけは別である。
この日傘は俺が会社に入って唯一、全てを手掛けた物だからだ。
「退職金代わり」と思うと嫌な気分になるが、
「記念品」と思えば…まぁ悪くないかもしれない。
俺は「お世話になりました」と挨拶をし、職場を後にした。


会社を出て渡された日傘を片手に、
俺は真っ直ぐ飲み屋へと向かった。
思えば飲み屋になんて最後に行ったのはいつの事か。

二軒目を出た頃、遂に雨が降り出した。
ふとまだ手にある日傘を使おうか、と酔った頭を過ったが止めた。
近くのコンビニで安いビニール傘を買い、
俺は自分のアパートへと向かった。
楽しくもないのに鼻唄まで歌いながら。

すっかり日の暮れた雨の住宅街に色は無く、
全てがモノトーン覆われていた。
その暗い視界に一つの色が生まれた。


(あれは毎朝見掛ける…?)


藤色の上品な着物を身につけた婦人だ。
俺の祖母くらいの年齢だろうか。
いつも出勤する時に見掛けるものの、
何処の誰だか、当然知る訳がない。
しかし夜に会ったのは今日が初めてだった。
それもその筈。
こんな早い時刻に家へ帰れた事はここ数年無かったのだから。

酔った勢いもあり、俺はその老婦人の跡を何となくつけた。
実は俺が今、手にしている日傘は、
この老婦人をイメージしてデザインしたのだ。
社長からデザインを考えて欲しいと言われた時、
真っ先に思い画いた人物がこの婦人だった。
つまりこの日傘は「彼女」の為に作った事になる。
なればこそ彼女に使って貰えれば、不幸な生まれの日傘も、
また作った俺自身も報われそうな気がした。


(けど…どうやって渡すんだ?)


はたと俺の足が止まる。
考えてみれば名前どころか面識すら無いのだ。
どう説明したところで胡散臭がられるだろう。
仕方が無い、有りのまま話すか…と答えを出したところで、
婦人の姿が消えている事に気づいた。
しまった!と慌て周りを見渡したが見つける事が出来なかった。


(まあそんなもんか…)


話し掛ける機会を失った事に少し安堵しつつ、
縁が無かったんだと諦め自宅へ帰る事にした。


自宅付近にあるラーメン屋に差し掛かると、
まだ表に暖簾が下がっていた。
腕時計を見ればもう深夜1時になろうとしている。
いつもなら日付が変わる頃には閉めているにもかかわらず。


「いらっしゃ…おや、お帰り。遅かったね」


気付いたら俺の手は意思に反して戸を開けていた。
毎晩来ているとは故、習慣とは恐ろしいものだ。
仕方無く店内に入り店員のおばさんと、
ただいまといつも通りの挨拶を交わす。
さき程の婦人と同じくらいの年齢でも、
こちらは「オバサン」といった感じだ。


「何だい?シケた顔して」

───仕事をクビになったんだよ、こんな顔にもなる

「アンタ、何かやらかしたんじゃないの?」

───真面目に働いてたさ、でも会社が危ないんだってよ

「まだ若いんだからまた頑張りなさいよ」

───若いからクビになるんなら、若さなんていらないね


出されたのは瓶ビールと2つのグラス。
どうやら自分も飲むつもりらしい。


───無職の俺にタカるのかよ?

「今日は私の奢りだよ、ホラ注いで」


自分のグラスを突き出すおばさんに、
俺は並々とビールを注いでやった。
次いで自分のグラスにも注ごうとしたが、
おばさんはビール瓶奪い俺のグラスにビールを注いだ。
さっきまで飲んでいたにもかかわらず、
俺はビールを一気に煽る。
と同時に肩の力が一気に抜け落ちた。
自分自身気付かない内にかなり気を張っていた様だ。
そして今になりやっと仕事を失ったのだとリアルに感じた。


「ところで、それは何だい?」


ふと傘立てには入れなかった日傘を指差す。
指された傘を見遣り、しばらく黙り込んだ。
俺の短い人生の中で日傘を作る事は二度と無いだろうと実感した。


───俺の血と汗と涙の結晶

「なら大したモンじゃないね」


ふふっとおばさんは笑い声を上げた。
確かに勤めた歳月を考えれば図星なのが、
言い回しが憎たらしいくらい。
俺には俺なりの意地がある。
見もせずに馬鹿にされてたまるか。


───ちゃんと見てから言えよ

「どれどれ…」


言葉とは裏腹におばさんは受け取った日傘を丁寧に開いた。
くるりっと回して傘の模様を見、柄を見、そして微笑んだ。


「なかなかいいじゃないか」


てっきり小馬鹿にされるとばかり思っていただけに、
予想外な褒め言葉に声が詰まってしまった。
現実は会社はクビになってしまったのだが、
自分の努力がほんの少し認められたような気がする。
照れくさくもあったので、ぶっきらぼうに俺は言った。


───それ、おばさんにやるよ

「え?でも大事なもんじゃないのかい?」


確かに大事である。
いや、あった。
勤めてきた数年間がその日傘には詰まっているのだ。
そしてその数年間、俺の夕飯はほぼこの店で賄われてきた。
時には愚痴り、時には励まされながら。
客なのだから当然のことながら代金は払ってだが、
実際はそれ以上の「何か」も貰ってた気がする。


───いらないならいいけど


と、傘を取ろうとしたが、するりとかわされてしまった。


「仕方無いから使ってあげるよ」

───本当、素直じゃないなあ


ククッと苦笑いをしつつ、またビールを煽った。
それから二人でビール瓶3本を空にしつつ他愛も無い話をした。
自宅へ戻る頃には完全に出来上がっており、
翌日は固い台所の板の間で目覚める羽目となった。



俺の通う先は会社から職安事務所へ、
曇天だった毎日は強い日差しの初夏へと変わっていた。
ある日の夕方、面接からの帰り道のこと。
もう会えないと思っていた老婦人と出会った。
その手にはまだ新しい日傘。
しかもその日傘には見覚えがある。


「おや、面接はどうだった?」


口を開けたままの間の抜けた顔で、
俺は言葉も発せずに日傘と婦人を交互に見た。
見られている婦人は俺の様子に怪訝そうな顔をすると、


「…駄目だったのかい?」


と、見当違いな解釈をした挙げ句、慰め始めた。


「もし仕事が決まったら、あたしがご馳走してあげるよ」


アンタが好きなモヤシ炒めに餃子もつけて、と婦人が言う。
どうやら俺の目は相当腐っていたらしい。
何せ数年間、毎朝会っていた老婦人と、
毎晩話していたおばさんが同一人物だと気付かなかったのだから。


「ホラ、元気出して!次があるさ」

───…ビールも付くんだろ?


やっとの思いで言葉を返す。
老婦人はいつもの様に陽気に笑い「決まったらね」と言った。
俺の作った日傘は使って欲しかった人に届いたんだな、
そう思うと何だか胸が温かくなった。


───じゃあ後で用意しておいてくれよ


婦人の持つビニール袋を取り上げ、並んで横を歩く。
店で使う野菜でも入って入るのだろう、ズッシリとしている。


「え?もしかして決まったのかい!?」


俺は返事をする変わりにニヤリと意味深な笑顔を向けた。
親子以上に歳の離れた老婦人は、
「おめでとう」と自分の事の様に嬉しそうな笑顔を向ける。


───お礼を言うのは俺の方…かもな

「何か言ったかい?」

───今日は暑いなって言ったんだよ


横で機嫌良さげに傘を回している婦人を、
まるで少女みたいだなと俺は思い、秘かに笑った。

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