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時間の西方【前編】

久し振りに解釈を書こうと思い、
当初は「記憶から来た男」を書くつもりだった。
が、どうにも注目しているもの以外に、
手掛かりを発見してしまうらしい。

そんな訳で今回はアルバム「白虎野」の1曲目、
「時間の西方」の花郎なりの解釈である。

長くなりそうなので下記【前編】【後編】へ分けた。
・前編…最初から2番まで
・後編…3番およびサビ、補足など

まず前置きとして、この曲はアルバム「白虎野」の1曲目だ。
この事が解釈と関係あるのか?と聞かれれば、
花郎の考えとしては「ある」と答える。
その理由は後々判ると思う。

実際の歌詞について。
この曲ははっきりとした名詞や語群が多いのに、
相変わらずというかやはり主語が無い…毎度だが。
心象(イメージ)という言葉を使っているので、
どうにも「ぼかし」要素を強く感じる。
故に何かしらの事柄を置き換えている歌詞だと考えられる。
しかし特定できる要素があまりに少ないところを見ると、
「諸事情で公言しづらいこと」ではないか?と。
逆に云えば、色々なことにも当て嵌められるのかもしれない。

でははじめよう。
歌詞部分の色は今回これにする。


万象を乗せマッハの船がつんざく心像の下方
代々と連なり咲く訓戒の花園を見た
「戻れぬ」と騒がしく行くだけのキミよ
別れの時と老いた「日」に身を投げた



全ての現象を乗せた、マッハで船が進むイメージ。
その下の方にはずっと繋がり花の様に咲く訓戒がある。
「戻れない」と進むだけの君。
別れの時と老いた「日」に身を投げた…。

ざっと書くとこんな感じだろうか?
次にこれを花郎なりに解釈してみる。

全ての出来事を通り時が流れるイメージ。
その奥底には脈々と人の意識に良識や戒めがある。
時や時代は様々な出来事や歴史的分岐を迎えても、
何動じることなく、また戻ることなく歩み続ける。
その「今現在」から離れ、在りし「日」へと目を向けた。

では細かく説明しよう。

前半の「万象を~船」=後半のキミだろう。
そしてこの「キミ」は2番、3番でも登場する。

・「戻れぬ」と騒がしく行くだけのキミ
・「見えぬゆえ」と無言のまま行くだけのキミ
・淡々と散るユリのように朽ちるキミ

これらは同じカタカナ表記であることを考えると同一である。
そしてその特徴は「戻らない」もの、「見えない」もの、
刻々と移ってゆくものであるとすれば、時間や時代だろう。

それから「訓戒の花園」だが、これは後で説明する。
この曲の中でかなり重要な部分でもある。

次に「老いた日」とは何か?
老いた日、つまり古い日=old days=在りし日となる。
実は花郎の中では、老いた「日」はとある歴史的事件と考えた。
それについては次の歌詞で説明したい。


夜は間近と浜辺の砂が 遠く沈む陽の影の牢を出る
千の国さえ砕ける波と にわかいきり立て夢の津波牙を剥いて



さて上記の歌詞部分が身を投げた「老いた日」である。
老いた日…つまり当然ながら過去となる。
それと先程は説明しなかった「訓戒の花園」にも関係している。

この曲を花郎は「大東亜戦争」に関する歌詞だと思っている。
おっとこの呼び名はGHQによって禁止されていたか。
教科書の通りに書くならば「第二次世界大戦」「太平洋戦争」
外国では「WW2」とも呼ぶらしいが。

歌詞にある「老いた日」は「真珠湾攻撃」
日付としては1941年12月8日のことだと思った。

簡単にだが意訳を書く。

今のままでは後にアメリカが脅威になると、
日本軍は12月8日、真珠湾攻撃に奇襲攻撃を決行する。
この軍事力をもってすれば勝てる戦であり、
日本は開戦宣言をせずアメリカへと攻撃を開始した。

浜辺の砂=島国の人間=日本人(軍)
陽=お天道様=良心
奇襲は所謂「お天道様に顔向けできない」行為をするわけで、
牢を出て=良心を捨てて…といったところだろうか。
千の国=大国=アメリカ(または白人国家)
というわけで花郎の解釈としては「真珠湾攻撃」ではないかと。
そしてこれが一般的な第二次世界大戦「開戦」である。

この奇襲攻撃も含め、現代の自分達日本人は、
第二次世界大戦に対して負い目を感じている。
それは「訓戒」であり、また美しい心ではある。
だから「花園」となるのだが…。
※訓戒=物事の理非・善悪を教えさとし、いましめること

さてさて、ここまでで「眉唾」だと感じた方、
迷わずウィンドウを閉じることをお勧めする。
2番へ行く。


緩衝の壁突破の轟音つんざく良心の嗚咽
連綿と途絶えずに降る悔恨の雨音を消して
「見えぬゆえ」と無言のまま行くだけのキミに
記憶は許されず追われる冤罪者のように



緩衝とはAとBの間にあるものである。
Aという地に住むAという民族。
だが支配しているのBという民族…これを「緩衝の壁」と考えた。

悔恨だが英語だと本来は「contrition」だが、
もうひとつの「regret」として「悲観」ではないかと予想。
その諦め、悲しみを消す。
ヨーロッパによるアジアの支配、これを終わらせる…
つまり日本が「牙を剥いた」理由部分である。

意訳する。
しかしよく考えたら日本語に意訳と云うのもおかしな話だ…。

他者による支配からの解放、その為に多くの犠牲が出た。
かの地の人々の永きに及ぶ絶望的な世界を終わらせるために。
しかしそんな真実は歴史に記されず、
日本軍は「侵略者」という汚名を着せられた。

「キミ」に関しては先に書いた通り。
更に前半部分をこう変える。

干渉の壁突破の轟音つんざく両親の嗚咽
連綿と途絶えずに降る開墾の雨音を消して

他国による干渉、戦死者に対し涙するのは家族、
開拓による植民地支配への絶望。

開墾=reclamation=開拓

同じ読み方で漢字を変えても、あまり意味は変わらない。
ただ個人的にはこちらの方が合っている気がした。
「万象」「緩衝」「満場」と韻を踏んでいるだけかもしれないが。
(ばんしょう・かんしょう・まんじょう)
こうなった理由は後の歌詞でもう少し明確になる。
具体的なことを書くと、イメージしたのはインドネシアだった。


今も遠くで息絶え絶えに 良かれと奮える怒号は老い行く
虹の朝など絵空の塵と にわか聳え立つ夢の塔の門よ開け



今でも当時を知るアジア諸国の人は日本軍に感謝をしている。
だが既にあの戦争から60年が経ち、徐々に知る人達も老いてゆく。
「日本は支配者を追い出し、次に自分達が植民地としよう」と、
目論んでいたなど云われる歴史は嘘であると、
その歴史の奥の真実を示せ。

書かれている「今も」の時間軸は「老い行く」も考えると現在。
そして「虹」「朝」の部分。

虹=変換して「二次」
朝=ちょう=a reign=治世、統治、支配

虹は「第二次大戦」の「二次」かとも思うが、
「追い出した次に」と云った意味もあると解釈した。
「朝」は王朝といった意味である。

にわか=急に

夢は幻想、ファンタジーであり現実ではない。
別の言い方だと「理想」とも云えるだろう。
多くの人のそれが詰まった出来事が「歴史」だ。

それと塔だが、「金字塔」という言葉がある。
意味としては「偉大な功績」だ。
(英語だと塔は「monument」とも言う)
この戦争での日本軍は偉大な功績を納めたという、
人々の意見を世に示せ、といったところだろうか?

少し歴史的な話を書く。
インドネシアの場合、統治していたのはオランダ。
日本はそのオランダを追い出し支配した…と歴史ではなっている。
だがこれは事実とは異なる。
いや、少なくとも花郎は違うと思っている。

日本はアメリカ敗戦後、インドネシア独立の支援をしている。
しかしこれは殆ど語られることのない歴史だ。
インドネシア独立戦争に多くの日本兵が協力し亡くなった。
詳しくはこちらにも書かれているが、
この支援は実を結び、インドネシアは独立へと漕ぎ着けた。

残念なことに現在のインドネシアでは、
「日本統治時代は最悪の時代」と教えている。
しかし当時を知るお年寄りは真逆の言葉を発する。
インドネシアがオランダの植民地とされて350年。
その間、犬と同等、もしくは以下に扱われていた。
当たり前だが武器も戦い方も何も無かった。
8月15日、日本はアメリカに降伏をし、
そして2日後、インドネシアは独立宣言をした。
当時、武器を与え、戦い方を教え、前線で指揮を取ったのは、
本土に帰らなかった日本兵である。

「死か独立か」

これが当時のインドネシア人の合言葉だった。


余談。
敗戦後、日本はオランダに協力をし、
インドネシアの制圧をする羽目となった。
日本軍は現地オランダ軍に対して武器を運ぶ任を受け、
なんと武器をインドネシア人へと渡したらしい。

花郎がいつか観たい映画のひとつ「ムルデカ」
インドネシア語で「独立」と云う意味なのだそうだ。

とりあえず前半はこれにて終了。
3番・サビは【後編】で書くことにする。


モハメッド・ナチール元首相
(インドネシア初代首相)
「アジアの希望は植民地体制の粉砕でした。
 大東亜戦争は私たちアジア人の戦争を
 日本が代表して敢行したものです。」

たった2番までの説明でこの量である…やれやれ。

*Comment

NoTitle 

最近初めて「時間の西方」を
聞きまして、「虹の朝」のイントネーションに違和感を感じ、初めは歌だから関係ないのかな、なんて思っていましたがこのような意味が隠されていたとは・・・
歌詞が「虹」で、「二次」のイントネーションの違和感・・・ヒントだったのかも?
  • posted by 馬の骨さん 
  • URL 
  • 2015.11/12 03:07分 
  • [Edit]

コメントありがとうございます。 

はじめまして。
「サボり魔」と書いて花郎と読みます…。
(記事更新できていない…すいません…)

「時間の西方」いい曲ですよねぇ。
アルバム「白虎野」は素晴らしいです!(・∀・)
花郎の思う平沢進とは、言葉に長けてると考えています。
言葉の本質的な部分であったり、遊びだったり。
そんな訳でこんな解釈になったのでした。

まだ書き終えていないんですが「Dr.древние」も、
言葉遊びと思しき部分があるような…?

花郎が「時間の西方」の対?と思ってる曲
「タイムラインの東」も是非是非!

コメントありがとうございました!
  • posted by 花郎 
  • URL 
  • 2015.11/17 03:10分 
  • [Edit]

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